仙台高等裁判所秋田支部 昭和43年(ネ)63号 判決 1969年12月10日
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張、証拠の関係は、左に一部付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。
(控訴代理人の主張)
(一) 控訴組合は中小企業等協同組合法(以下単に法という)にもとづき設立された信用協同組合であつて、その権利能力、行為能力については法令によつて制限されている。すなわち、信用協同組合は組合員の個別経済の助成を目的とする人的社団であつて、物的社団である会社とは本質を異にし、会社においてはその権利能力、行為能力の範囲は自らの企業活動の目的にそうよう自主的に定款で定めることができるのであるが、信用協同組合においてはその事業目的は法定され、かつ、その権利能力、行為能力の範囲は法九条の八の規定する事業に限定列挙されている。もし、信用協同組合が組合員のために自由に手形保証をなし得るとすると、そのために財産を失うおそれなしとせず、信用協同組合が組合員の相互扶助の精神にもとづき組合員の自主的な経済活動を促進し、かつ、その経済的地位の向上を図ることの目的はその達成を阻害され、法が同組合の権利能力、行為能力について制限列挙主義をとつた趣旨は没却されるのであつて、かかる解釈はとうてい採用できない。
法九条の八第二項二号にいう債務の保証は信用協同組合が国民金融公庫、中小企業金融公庫、商工組合中央金庫等の代理貸付業務をする場合において、これらのものと信用協同組合との間における貸付業務、委託契約など代理貸付業務に関する約款にもとづき包括的な債務保証人の立場にたつことをいうものであり、個々に手形保証をなすがごときは含まれない。原判決が右保証の方法として手形保証することも可能である、と判断したことは誤りであり、また、手形割引をもつて手形行為と解しているかのようであるが手形割引はなんら手形債務を負担する行為ではないのに対し、手形行為は手形上の債務を負担する行為である。したがつて、手形割引をなし得るからといつて、一般に手形行為能力を肯定する根拠とすることはできない。
(二) 被控訴人は本件手形取得当時、控訴組合が手形保証能力がないことを知つていたものである。すなわち、信用協同組合が手形保証をなし得ないことは一般に周知の事実であるばかりでなく、本件手形は統一手形用紙が使用され、記載事項はすべて横書であるのに本件手形保証の文言だけが縦書となつているので被控訴人はこのような記載の形式的異常性からしても、本件手形保証に不信をいだき、右取引上の常識から控訴組合が手形保証能力がないことを知り得たはずであり、事実また被控訴人は相互銀行として貸付、手形割引の金融業務に従事しているのであるから、その職員が控訴組合に手形保証能力がないことを知悉していたことは容易に推認し得るところである。
(三) 本件手形保証は要件不備の不完全な手形になされたもので無効である。すなわち、控訴組合代表理事佐藤義一は有限会社小形商事専務取締役大川修一から手形保証を懇請され、右大川が持参した「保証第 号」、「本手形を保証致します」と刻したゴム印を手形用紙に押し、かつ、組合名、組合長の記名印、組合長職印を押したのであるが、その際該手形用紙には振出人欄の記載があるだけで、手形金額欄には一〇〇万円以内の金額が鉛筆で記載され、大川がチエツク・パンチヤーで正式に右金額を記載するときには右佐藤の承認を得ることを約したのである。したがつて、本件手形保証は完成された手形の保証といえないことはもとより、手形金額などについて白地補充権を与えたものでもないから、白地保証でもない。
以上の次第で、本件手形保証は無効というべきである。
(被控訴代理人の主張)
被控訴人の従来の主張に反する控訴人主張の事実は否認する。
(証拠関係)(省略)
理由
一 控訴組合は被控訴人主張にかかる本件手形保証は控訴組合の目的の範囲を逸脱したものであるから、無効である、と争うので、まず、この点につき検討する。
控訴組合が中小企業等協同組合法にもとづく信用協同組合であることは本件に顕われた証拠上、明白であるところ、右法律によれば、信用協同組合は相互扶助の精神にもとづく協同事業によつて組合員の自主的な経済活動を促進し、かつ、その経済的地位の向上を図ることを目的とする非営利法人であつて、営利の追求を目的とする株式会社などの一般法人とその本質を異にすることは控訴組合主張のとおりである。
しかしながら、およそ法人の行為が当該法人の目的の範囲に属するか、どうかは控訴組合のように営利を目的としない法人であつても、その行為が法令および定款の規定に照らして法人としての活動上必要であるか、否かを客観的、抽象的に観察して判断すべきであり、法人のした手形行為について、これを決する場合においてはその原因関係をも含めて判断すべきものではなく、手形行為自体を標準として判断すべきものと解するのが相当である。
原審証人斎藤博雄の証言およびこれによつて成立を認める乙第一、二号証によると、控訴組合の定款二条に規定された控訴組合の事業目的は法九条の八に規定された信用協同組合の事業内容に一致するところ、右法令および定款に定められた控訴組合の事業目的はその構成員である中小規模の事業者、勤労者、その他の者に対して必要な金融事業を行うにあつて、そのために、控訴組合は組合員に対する資金の貸付および手形の割引、組合員の預金または定期積金の受入を取り扱い、かつ、兼業として金融機関の業務を代理し、その際における貸付債務の保証をすることなどができるものであり、そして、控訴組合は右目的にそつて、所管業務の種類、方法を定めているところ、これによれば、控訴組合が取り扱う預金業務は当座預金、普通預金、通知預金、定期預金、別段預金など各種にわたり、また、貸付業務も、手形貸付のほか、手形割引、証書貸付、当座貸越を取り扱うことが明らかである。すなわち、控訴組合の叙上の事業目的を通観するとき、控訴組合は相互扶助の精神を基調として組織された非営利法人であり、その業務の人的対象はもつぱら組合員に限定されているとはいいながら、その所掌業務は、金融業務各般にわたつていて、ただ為替取引を行わない点で普通銀行と異なるに過ぎず、組合員から各種預金を受入れ、これらの者に対して資金を貸付ける、いわゆる受信、与信業務を取り扱う点において控訴組合は銀行取引を業とする法人でもある。
そうだとすれば、かような控訴組合の業態にあわせ、手形が現在の経済社会において金銭支払・信用取引の通常の手段として広く機能していることにかんがみると、銀行取引を業とする控訴組合がその事業目的を遂行するにあたつて手形行為をなすことは、客観的、抽象的にこれを観察してみて、控訴組合の活動上不可欠のものというべく、しかして、手形保証は手形行為の一環として、他の手形行為からとくに区別すべき理由もないから、その原因関係の如何を問わず、当然に控訴組合の前記目的の範囲内に属するものと解するのが相当である。
控訴組合のこの点の主張は採用できない。
二 控訴組合は、ついで、控訴組合が手形保証能力を有しないことについて、被控訴人は悪意であつた、と主張するが、すでに検討したとおり、控訴組合は手形保証能力を有するものであるから、その主張は前提において失当であるのみならず、かりに主張のとおり、控訴組合に手形保証能力がなければ、この点についての被控訴人の善意、悪意を問うまでもなく、控訴組合に手形上の責任がないことはいうまでもないから、控訴組合のこの点の主張はその当否について証拠上検討するまでもなく失当である。
三 控訴組合は被控訴人主張にかかる本件手形保証は要件不備の不完全な手形になされたものであるから、無効である、と主張するので考察する。
保証人欄については成立に争いがなく、振出人欄については成立に争いのない乙第六、七号証によつて成立を認める甲第一号証に、右乙第六、七号証、原審証人安倍恒夫、当審証人佐藤義一の各証言を総合すると、本件手形保証した当時の控訴組合代表理事佐藤義一は小形商事の取締役大川修一から小形商事がその取引先である東北開発株式会社に対する旧債整理のために振出す約束手形に手形保証することの依頼を受けて応諾し、昭和四一年三月二九日ごろ控訴組合事務所において、振出地、住所、振出人欄に「酒田市寺町一六二小形商事、代表取締役小形卯一」なる記名印があり、かつ、これに有限会社小形商事および代表取締役印が押捺され、支払地欄に「山形県東田川郡余目町」、支払場所欄に「東田川信用組合」と不動文字で印刷され、その余の手形要件である手形金額、満期、振出日、受取人欄はいずれも記載のない控訴組合専用の統一手形用紙に「保証第 号」、「本手形を保証致します」と刻したゴム印を押捺するとともに、控訴組合および組合長佐藤義一の記名印とその名下に同組合長印を押捺し、かつ「昭和四拾壱年参月弐九日」になる日付印を押して大川に交付したこと、しかし、右手形の手形金額、満期など空白欄を小形商事が補充するときは、事前に佐藤の了解を得る旨佐藤と大川との間に約束が取り交わされていたにもかかわらず、小形商事は右約束を無視して、その後手形金額欄に金一五〇万円と記入し、振出日、満期欄をそれぞれ「昭和四一年三月二九日」、「昭和四一年七月二〇日」と補充したうえ、小形卯一あてに振出したことが認められ、右認定に反する前掲証人佐藤義一の証言の一部は信用できない。
右事実によれば、控訴組合代表理事佐藤義一が本件手形保証した当時における本件約束手形の要件のうち、手形金額、満期、受取人欄が空白であつたことは控訴組合主張のとおりであるが、佐藤は本件手形保証をするにあたつて、小形商事に対して右空白欄の補充を託したものであるから、右手形保証はいわゆる白地保証として、もとより有効であり、控訴組合が主張するように要件不備の不完全な手形になされた無効のものというべきではない。もつとも、空白であつた前記手形要件はその後約旨に反し小形商事によつて不当に補充されたけれども、この不当補充につき、控訴組合は所持人である被控訴人に悪意もしくは重大な過失があつたことについてはなんら主張、立証しない。
四 なお、控訴組合は、本件手形保証は佐藤義一が控訴組合理事会の決議も経ずに権限を濫用してこれをなしたものであるから、無効である、と主張するけれども、かりに主張のとおり本件手形保証が佐藤の権限濫用によるものであるとしても、この点につき被控訴人が悪意でない限り、右事由をもつて被控訴人に対抗できないところ、控訴組合は被控訴人の悪意につきなんら主張、立証しないから、右主張は失当である。
五 しかして、前掲甲第一号証中支払拒絶の付箋部分については控訴組合の押印あることにより、同裏書部分については原審証人安倍恒夫の証言によつて、それぞれ成立を認める甲第一号証に、右証人の証言によれば、本件手形の受取人小形卯一は右手形を被控訴人に裏書譲渡し、被控訴人はこれを満期に支払場所に呈示し、支払を求めたけれども、支払を拒絶されたことが認められる。
そうだとすれば、手形保証人である控訴組合に対し、本件手形金一五〇万円およびこれに対する満期の日である昭和四一年七月二〇日から右完済に至るまで手形法所定年六分の割合による利息の支払を求める被控訴人の本訴請求は正当として認容すべきものである。
六 よつて、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却し、控訴費用の負担について民事訴訟法九五条本文、八九条を適用して主文のとおり判決する。